週刊ザコいおたく

早稲田大学初のおたく情報誌を刊行するサークル「ギークタイムズ編集部」の公式ブログ兼電子版です。毎週金曜日に更新します。

『selector』雑感:時代を読みきった反則な販促

 アニメ作品が作られる目的として最も基本的なものに、「関連商品の販売促進」がある。例えばロボットアニメであれば、作中で活躍する巨大兵器の似姿をプラモデルやアクションフィギュアとして商品化するし、女児アニメであれば主人公たちが用いる魔法の道具やパートナーを務める可愛らしい小動物に関するグッズを売り出すことになるだろう。このように映像と販促を結びつけた作品の中で最も直接的と言えるのは、トレーディングカードゲーム(TCG)を題材にしたアニメだ。作中の登場人物はおおむね実際のゲームに基づいた試合を行い、しばしば基本的なルールを説明する機会が設けられる。彼らが使用する派手な効果のカードやテーマ性を持ったデッキを構成するパーツは鳴り物入りで商品化され、現実のショップに陳列されることになる。つまるところ、このようなTCGアニメはふつう、ゲームのイントロダクションを兼ねるように制作されているはずだ。

 

 

 ところが、その常識に一石を投じるアニメが現れた。それこそが『selector infected WIXOSS(以下『selector)だ。本作は現在発売中のTCGWIXOSS』とのタイアップ作品で、登場人物も一応はカードの試合で戦うのだが、そのルール解説はほとんど無い。また各試合の「棋譜」についても、公式サイトでの解説にほぼ委ねるという思い切った切り捨てを行っている。この作品のみを見てWIXOSSの遊び方や強いデッキの組み方が分かる人がいるとすれば、彼はきっと超能力者だろう。それくらい、このアニメは一般的な意味での「販促」に背を向けている。過去にも「カードゲームの背景世界を舞台にした物語を描いたがために、販促の要素が薄くなってしまった」アニメ(『牙-KIBA-』や『Z/X IGNITION』のことだ)があるにはあったが、selectorの場合はまったく事情が違う。それは、ゲームの名前ではなく作中のキーワードである「セレクター」――意思を持つ特殊なカードを手に入れ、セレクター同士のゲームで勝利し続けることによって願いを叶える資格を得た少女たち――をメインタイトルに冠している所からも見て取れよう。

 

 では、selectorWIXOSSという商品を展開することを念頭に置かず、ただアニメスタッフが暴走しただけの作品なのだろうか? 否、selectorは「ハイターゲットを対象にした新作TCG」を売り込む上で、相当レベルの創意工夫を凝らした作品なのだ。

 

 「販促アニメ」として見た本作において白眉な点は、何よりもキャラクター造形の手法である。他の創作でもよく行われるように、『selector』においてもイメージカラーを用いた登場人物の記号化がなされているのだが、それは各キャラクターが用いるゲーム上の「色」(デッキの大まかな性格を定義するカードの属性)と結び付けられている。ここで重要なのが、『WIXOSS』において用いられている「色」が、「赤(攻撃的な速攻デッキを得意とする)」、「黒(破壊されたカードの復活や敵のカードの破壊を得意とする)」、「青(手札を増やして選択肢の量を保ちながら戦う)」、「白(防御的なカードや軽いカードで盤面を支配してから決着をつける)」、「緑(カードを使うためのリソースを増やし、巨大な力を持つ大技に繋げることに長ける)」という、『Magic:The Gathering(MTG)や『デュエル・マスターズ(DM)で用いられているものとほぼ同様な組み合わせで、「色」の性質もまた然りである、という点だ。これらのTCGは、WIXOSSのターゲットであるハイティーン以上の――いわゆる「おたく」のTCGプレイヤーが過去にやっていた、あるいは現在進行形でプレイしている可能性が高いものである。『MTG』は今なお盛んに青年層以上の年代でプレイされているし、『DM』が低年齢層向け漫画誌コロコロコミック』での大々的な宣伝と共にスタートした2002年から数年間は、現在大学生になっている世代がちょうど小学生であった時期に相当する。いま『selector』の視聴者となりうる人々の中には、すんなりと「色」という体裁を持つカードゲームを承知し、あまつさえそれをキャラクターの内面と結びつけて作品への理解へと変える素地を持つ者が少なからず居る。そのことを、『WIXOSS』の販売元であるタカラトミーとアニメ『selector」の製作陣はよくわかっているはずなのだ。タカラトミーは『DM』の販売(過去には『MTG』を取り扱っていた時期もあり)を行っており、『WIXOSS』のゲームデザイナーである八十岡翔太氏が『MTG』のプロプレイヤーであるという事実も、この説を裏付けている。

 

 以上を踏まえた上で、このアニメの舞台に立つキャラクターにエッジの効いた面子が揃った。無垢で誠実だが、願いを持たずにただカードバトルを楽しむ性情のために知らず知らずのうちに他者を傷つけていく「白」のセレクター、主人公『小湊 るう子』。「赤」の自由でラディカルな性質を反映するように、双子の弟と身も心も結ばれることを願う『紅林 遊月』。そして、売れっ子読者モデルとしての知名度を最大限利用する狡猾な策士である一方で不利な状況に置かれると露骨に狼狽する「青」らしいセレクター『蒼井 晶』。序盤をけん引する数名のキャラクターだけでも、相当に暗い内面を抱え、それが各色の持つ特質に対応している。こんな連中が『バトル・ロワイアル』的な潰し合いを繰り広げるのだから、面白さの瞬間最大風速はかなりのものだ。試合の描写は実に曖昧だが、それ故に主役となる少女たちの濃い人間性に惹かれた視聴者たちは、彼女らがいかにして戦っているのかを知りたいという願望を抱いて「プレイヤー」となることを選ぶ。こうして綿密に計算されたマーケティング手法の結果は、『WIXOSS』第一ブースターパックの再販の見通しがしばらく立たなくなってしまうほどのセールスだった。今まで有りそうでなかった商法を、確固たる世代のリサーチと組み合わせて放った、TCG風に言えば「メタ読み」の賜物だ。

 

 

 今現在も、『selector』は既存のバトルロイヤルものや陰鬱な設定の少女バトルものとは一味違った執拗な敗者の描写や、退場したキャラの意外な行き先で注目を集めている。だが、本作がまだ分割2クールの物語のうち半分も消化し終わっていないということもあるので、この記事では現時点でのシナリオの核心部分には敢えて触れない。そして、この記事を読んだ皆さんには、時間が許すのであれば是非本作に触れてみて欲しい。きっと、このアニメがなぜ「今のおたく」に突き刺さったのかをお分かり頂けるはずだから。

 

(妖精からっぽまる)